2014年5月12日月曜日

第五福竜丸 被曝で廃棄のマグロ塚「築地跡地へ」 元乗組員

第五福竜丸 被曝で廃棄のマグロ塚「築地跡地へ」 元乗組員の記事が目に飛び込んできた。
「ヒロシマ」「フクシマ」を被爆体験として取り上げてきたが、「第五福竜丸」の事を忘れたわけではなかった。日本の原子力政策がスタートしようとした時に起きたのがこの事件であった。
政府も、原子力村関係者も無視したい事件が「第五福竜丸」事件であった。
『原発と権力』によれば、
《米国の国務長官を務めるダレスは、「日本人は原子力アレルギーにかかっている」といった。さらにビキニで被爆した船員達を「スパイだ」とも口走った。アメリカ側は久保山の死は「決して原爆症ではない。日本の医者の主張はおかしい」と主張した。しかし、日本の医師団は「死の灰による放射能で亡くなった」と譲らなかった。》
《改進党の小山倉之助は、堂々と語っている。「・・・近代兵器の発達は全く目まぐるしいものでありまして、これが使用には相当進んだ知識が必要であると思います。現在の日本の学問の程度でこれを理解することは容易なことではなく、青少年時代より科学教育が必要であって、日本の教育に対する画期的変革を余儀なくさせるのではないかと思うのであります。この新兵器の使用に当たっては、立派な訓練を積まなくてはならぬと信ずるのでありますが、政府の態度はこの点においてもはなはだ明白を欠いておるのは、まことに遺憾とするところであります。またMSAの援助に対して、米国の旧式な兵器を貸与されることを避けるためにも、新兵器や、現在製造の過程にある原子兵器をも理解し、またはこれを使用する能力を持つことが先決問題であると思うのであります」
原子炉築造予算の趣旨説明で、軍事状況を説き、原子兵器を使うために上程すると言い放っているのだ。原子力を欲する権力の、どす黒い顔が、ここに現れている。》

という経緯のものであった。

冒頭の記事は、次のように汚染はなかったという。
築地市場の江東区豊洲への移転が2001年に決まり、今年2月に新市場の工事が始まった。マグロなどが埋められた場所付近は1996年、都営地下鉄大江戸線の建設のため発掘調査されたが、放射線量に異常はなかった。
しかし、1995年12月に「もんじゅ」事故があり、「原子力政策円卓会議」が設置されたばかりで、アレルギー対策が始まったばかりであった。
1995年12月の「もんじゅ」事故を契機に、国民の間に原子力に対する不安や不信が高まり、「もんじゅ」の安全確保などに関し、多くの意見、要請、提言がなされました。中でも、福島、新潟、福井の3県の知事から、1996年1月にいわゆる「三県知事提言」が内閣総理大臣、当時の科学技術庁長官及び通商産業大臣に提出されました。
 これらの状況を踏まえ、原子力委員会は、国民各層から幅広い参加を求め、多様な意見を今後の原子力政策に反映させることを目指し、「原子力政策円卓会議」(「円卓会議」)の設置を決めました(詳しくはこちらをご覧下さい)。

当時とは格段に進歩した検知器を使えば汚染はあったかもしれない。
改竄・擬装は? その前に、「想定外」で基準値を想定してなかったのかも・・・・・。

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